「毒になる親」というワードが流行ったのは
20年くらい前になるかと思いますが
そこから「毒親」というキーワードは定着し
それに関する相談も日常茶飯事。
以前は娘の立場の方々からの
相談が多かったのですが
【最近は男女の性別は無関係に】
毒になる親についての相談が
後を絶えない状況となっています。
そして基本的には子どもの立場で
相談されることが多いです。
なぜ未だに毒親が絶滅しないのか…
あなたは考えてみたことがありますか?
私は20年の相談経験を通して
今なら言語化できそうなことがあります。
そして最初に伝えておきたいことは
【毒にならない親は
ほとんど存在しないのではないか】
という私の推測になります。
世の中に、
毒にならない親はほとんどいないと
私が考えている理由は、
【子どもと親の性格の相性によって】
毒になるのかならないのか、
他にもいろいろとありますけれど
全体的なイメージとしては
子どもがある程度大人になったとき
【過去を振り返ったときの満足度】
これがすごく大きいと思うのです。
親のことが好きだとか嫌いだとか
ある程度判断できるようになるのは
早い子だと幼稚園くらいかと思いますが
遅い子は小学生に入っても
よく分からないままだと思います。
成人後も「そういうものだろう」と
本人が状況を肯定していれば
仮に毒があったとしても
その関係性では毒親になりません。
そもそも、
【生まれてから
初めて経験する組織が
家族というのは皆同じです】
そして柔軟性の高い子どもたちは
”その環境を当たり前として過ごし”
外の組織(学校など)を知りながら
徐々に自分の家族に対しての
評価を行うようになるわけです。
だいたい、小学校高学年くらいの
【思春期から青年期あたりで】
自分の家族と一般的な家族との
比較で気づくことが多いかと思います。
そしてそのあたりのタイミングで
”母親がどうであったかという評価も”
同時に行われると思います。
*****まとめ*****
上記のように考えていくと
【過干渉かどうかの判断自体も】
子どものさじ加減と言いますか
その感覚や価値観次第になります。
たとえば、
なるべく放っておいてほしいタイプなら
いちいち干渉されたら面倒だし、
構ってほしがりのタイプなら
些細なことでも反応して欲しがります。
【同じことをしたとしても、
その子ども次第で】
過干渉かどうかが変わるわけです。
たとえば、
自分本位な子どもであれば
”親を思い通りに動かせない場合”
一方的に毒親だと決めつけるでしょうし
親の正論になど
耳を傾けようともしないでしょう。
支配的で傍若無人な子どもなら
成人後も親を制御しようと躍起になり
【不都合が起きれば被害者ぶって】
周りまで巻き込むケースもあります。
これは過干渉とは意味合いがズレますが
子どもが親を「毒持ち」認定すると
こういうことが起きるということです。
そして不都合という点については
「親の説教」を聞きたくない場合に
それを過干渉だと言い張って
黙らせるような行為も考えられます。
このように子どものタイプによっては
通常の小言程度でも
毒親扱いされることがあります。
その逆に、何でもかんでも先回りして
全部親にやってもらいたい子どもは
”過干渉に対して幸福感を抱き”
成人後もそれを当然として
日々を過ごしていることがあります。
一般的には「マザコン」と言われますが
本人的には当たり前のことなので
【どのタイミングで
親子離れをするものなのか?】
考えることすらないかもしれません。
これらのことから、
「毒親」と呼ばれる人たちの基準について
一般的にどうかということもありますが
”子どもからの評価次第で変わります”
ですから、
どんなに素晴らしい人だとしても
とらえ方や見方をを変えることで
毒親に思えてしまうということです。
大切なことは、毒を持った親を責める
子どものポジションに立つことではなく
【その親から卒業しようとする
自立心を育てることです】
そこに気づけることが必要かと思います。
※この記事は、主観が含まれます。
全員に当てはまるものでもありません。
複数の視点で読めるように心がけていますから
一つの回答に絞られないこともあります。
生き方のマニュアルとしてではなく
あなたが生きるうえでの参考になれば幸いです。