2023年01月30日

質問の意図が分からないケース

今回、タイトルをどう書いたらいいのか…
かなり悩みました((+_+))
私自身がきちんとまとまっていないというか
脳内では言いたいことが分かっているけれど
表現の仕方が分からないので
きちんとお伝えできるかなぁ???
ややこしくなったらごめんなさいm(__)m

ざっくりと言いますと、
発達障害傾向を持つ人たちって
【よく分かんないことで怒り出すよね】
という話なんです(;^_^A
その中でも特徴的だなと思うのが
【質問されると怒り出す】
ということになります。
それをかみ砕いて説明します。
(したいですwww)

これ、総合して簡単に言えば
【想像力の欠如】になります。
ですが、どう想像できないのか?
どう考えられているのか?について
説明を加えることで
支援側にも分かりやすいかもしれません。
ただしこの説明自体が、
私の想像で作られたものです。

例えば、
「人は年齢を重ねる」
「人は老いていく」
「人は必ず死ぬ」
この3つの言葉って、似ていますよね。
でも”ちょっと意味合いが違います”
ですが、当事者にとっては
【何度も同じことを言うな!】
というふうに怒りに変換されます。

もう一つ、
三角形のAが40°、Bが90°ならCの角度は50°
すみません、画像を作っていないので
言葉で表記しましたが、
AとBの角度を聞かないと
Cの角度って算出されないですよね。
そのためには何度か質問をして
”確認しなければいけません”
でも当事者にとっては
【分かったことを聞くな!】
というふうに怒りに変換されます。

なぜ、このようなことになるのか?
私たちからしたら
普通にやりとりしてるだけじゃん。
怒るポイントが分からないよ、
って思ってしまいますよねぇ。。。

でも当事者の頭の中では
【すべてが見えている状態で
      会話しているから】
すでに知ったこと、分かったこととして
処理されているのです。
”サリーとアンの課題”
調べてもらえると分かりますが、
【こちらには全体が見えていないのに】
そのことが
当事者には分からないんです。

富士山の南と北で、山の形が違うように
”見えているものが違うんだ”
という認識に至らないんです。
だから、想像力の欠如と言いました。
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*****まとめ*****
上記のようなやり取りの結果、
周りが当事者を評価すると
「この人、質問の意図が
   分かっていないんだね」と
なりやすいんです。
確かに
質問の意図が分からないというのも
当事者の”あるある”なのですが
今回のようなケースについては
ちょっと意味合いが違うと思います。
========================
事例)これはこういうことだよね?
   だからこうなんだよね?
   なるほど、
   つまりこれってこういうことなのか。
========================
私たちは、
このようなやりとりをしながら
相手の気持ちを知ろうとしたり
こちらの思いを伝えたりしますよね。
でも、当事者の中には
”分かったことを何度も言われて”
【まるで尋問されているみたいだ】
とか、
質問形式をとっているけれど実は
【自分が責められているのでは?】
という気持ちになりやすい人がいて
だから、
”質問されるのが嫌いなのです”

それで、
当事者とうまくやりとりするためには
「私はそれについて知らないから」
という前提を当事者に伝えてください。
何度も言いますが、
【自分目線でしか考えられないから】
当事者には、
みんなが自分と同じように
見えていると勘違いしています。

その少しの差で
話し合いや聞き取りが
成立するかしないか分かれます。
参考になれば幸いです。
posted by whereabouts長谷 at 07:50| Comment(0) | 発達障害

2023年01月28日

心の置き場所とは?

前回の記事では、
心の置き場所が必要だと書きました。
その置き場所についてなのですが
【必ずしも、
  肉体と心の置き場所が
      同じとは限りません】
どういうことかというと
体の居場所は学校・家庭・職場など
色んな所に所属していますよね。
そこで表現している心って
いわゆる「外面」みたいなもので
”本心でないことも多いと思います”
その本音の部分を安心して披露できる場所が
心の置き場所、というわけです。

それで、悩む原因の一つに
【本音を言える場所がない】
ということが挙げられると思うのですが
肉体の在りかは色んな所にあるのに
心の置き場所が見つからないから
なんとなく寂しくて孤独で
悲しい気持ちが続いてしまうのですね。
肉体がある場所どこにでも
心が安心して置けたらいいのに
現実的には無理なことばかりです。

さて、そういう人には
カウンセリングをお勧めしますし
その理由の一つが
”問題解決以前に、
  本音を言える場所が必要だからです”
ですが中には
【カウンセリングの定義を
    語釈してしまったために】
さらに居場所がなくなった…
という人が稀にいるのですね。

そういう人たちのパターンの一部が
以下の通りになります。
→カウンセラーをコントロールしたがる
→自分が主導権を握って人に指示する
→カウンセラーを見下したがる
→シナリオ通りに進めようとする
→本音=暴言だと思っている
→あら捜しをする

総合すると、カウンセラーを
”自分の駒のようなイメージで”
利用したがる感じなのですね。
そして、私の知る範囲では
【悪意の自覚がない人がいる】
というところが驚きです。
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*****まとめ*****
ズバリ質問をします。

なぜかいつも
人間関係が上手くいかない
無自覚に嫌われてしまう
周りとの距離を感じている
といった悩みを持つ人たちは
【本当に相手の立場に立って
    考えられていますか?】

アスペルガー傾向の人たちは
人の気持ちが分からないし
場の空気が読めないなど
いろんな苦手を持っています。
ですが、
極めてグレーな人たちは
【人に対する
  警戒心さえはずれれば】
認知の修正が結構できるので
自分の歪さに気付けるのです。

カウンセラーとさえ
信頼関係を築けなくて困っている人は
諸々の定義と言いますか
”自分の土台となる概念を”
作り直す必要があると思います。

そして、
”いつでも受け入れる準備の
   できているカウンセラーと”
まずは信頼関係を築いてください。
その際に、
どちらが上か下か、正義か悪か、
正解か不正解か……
このような考えを取り払ってください。
根本の考えが変わらないとしても
セッション中は「一旦その考えを置いておいて」
自分自身の心と向き合ってみることで
新しい視点が生まれると思います。

こういったことを
根気よく繰り返しいくことて
自分の納得できる「心の置き場所」を
見つけることが可能になると思いますよ。
posted by whereabouts長谷 at 07:41| Comment(0) | 発達障害

2023年01月26日

心の置き場所が見つからない

カウンセリングというのは
病院のような診断も受けられないし
投薬治療もされることのない場所。
そこで「自分のキモチと向き合い」
根底にある悩みなどを解決させて
心の健康を目指すことを
目標とする場所、と言えます。

ですが、心の悩みって本当に複雑で
【脳が・体が・無意識が…】
痛みを植え付け覚えてしまっていますから
そんなに簡単に取り払えません。
何年、何十年と苦しみ続け
一生解決しないことももちろんあります。

「じゃぁ、
  カウンセリングなんて
    意味がないじゃないか」と
思われる人もたくさんいます。
そういう人たちは、人に頼らず
【心を開かない
  閉鎖的な人生を選択しています】

さて、それでは
カウンセリングは何のためにあって
誰の役に立っているのでしょう?
この話はきっと基本中の基本。
だけどあまり言葉にしてこなかったし
私自身も再確認したくなったから
改めて記事にしたくなったのです。
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セッション自体が順調に進めば
毎回気づきを得られるでしょうし
帰宅後にもお客様自身が
気持ちの整理を進めることができますが
すべてがそう上手くいくとは限りません。

向き合いたくないこととも
向き合わなくてはいけない心境になったり
一人で考えることが苦手なために
セッション以外での時間に
気づきや感じたことを自覚できない
というタイプの人も存在しています。

そういう人たちにとって
カウンセリングは不要なものか?
ということを考えてみますと
私が思うのは、それ以前の問題で
【心の居場所、置き場所確保に】
カウンセリングルームが
有効なのではないかということです。

確かに、何年も通っているのに
全く変化を感じられないような
極端なケースになりますと
中断することも視野に入れますし
”嫌々継続することではないです”
ただただ、
そこに何の意味があるのか?と
考え込んでいる人がいたとしたら
問題解決よりなによりも先に
【あなたがあなたのままで
   受け入れられる場所であり】
人との信頼関係を築く上で
どう伝えるか?どう話すかよりも
【あなたが安心して
   話すことのできる場所だと】
認識することが大切なのだと思います。
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*****まとめ*****
カウンセリングの敷居が下がった昨今、
それで好転した人もいれば
カウンセリングに対する
”間違った認識を持ってしまったことで”
心の傷が増えてしまった人もいます。

カウンセラーとの相性が合わないことを
自分の責任だと思う人もいましたし、
カウンセラーに言われたとおりに
できない自分を責める人もいました。

それで、
最終的には問題解決できることが
理想であるカウンセリングですが、
そこに至るまでの
【段階を順を追って
    踏んでいかないと】
目的への道のりを
安定して進むことが
難しいのではないかと思います。

その【段階の一歩目】
居場所の確保、ということになります。

だからもしも
カウンセラーと分かり合えない、
遠慮してしまう、顔色を伺ってしまうようなら
外食で入った店の味が気に入らなければ
別の店に乗り換えるように
気兼ねなく他のカウンセラーを探してください。

私にも合わない人はいます。
丁寧に接しているつもりでも
怖いと思われるかもしれないし
態度が気に入られないかもしれません。
それはとても残念ではありますが
”お互いに選んでも良いのですから”
相性の良い相手を見つけてくださいね(^^)
posted by whereabouts長谷 at 07:25| Comment(0) | 心の健康を保つ