2018年07月30日

本当に自分は無関係なのか?

今回の記事は、
「支援する側」の人に
ぜひとも読んでいただきたいです。


今の日本では、
社会全体において
障害者の支援や差別解消に
積極的に取り組んでいますし
法律の制定もなされ、
少しずつ変化がみられるものの

【個人ではどうか?】
という問いに対しては
一人ひとりの在り方や
【意識改革は
  なされていない】
私は感じています。

例えば、学校生活の中で
障害を持っている子がいたとしたら
先生は
「優しく接してあげてね」
などと言いますよね。

中にはからかう子どもも
いますけれど
学生時代の間ならば
優しく接するだけでOKです。

ですが大人になれば
【優しさだけでは
     通用しない】ことが
たくさん出てきます。

社会で生活するのですから
その人にできる範囲の
仕事をすることになります。
57.jpg
それで、障害と少し離れて
【軽度の発達障害の人】
診断が下りる場合もあれば
下りなくて
困っている場合もあります。

診断が下りない人は
【ただの性格】の範疇で
周囲から認識されやすいため
【自分で何とかして】
思われがちなのですが

少なくとも先輩や上司は
その人のフォローを
することになりますよね。

その時に
フォローする側として
【この程度のこと、
 言わなくても分かるだろう?】
という対応をしてしまう人は
少なくありません。

それで結局
【指示が正しく
   伝わらなくて】
ミスにつながってしまうのです。

これは、
特性を持つ人が
悪いのではありません。
【自分のことを
  健常だと思っている人の
          怠慢です】

「発達障害?
 そんなの自分には関係ない」

そう言いたくなることでしょうし
自分の予定している以上の
フォローをすることが
面倒だと思うことでしょうね。

ですが、
【そのひと手間が】
【成功へ導く結果を】
もたらすのです。

それは
相手のためだけではなく
【指導スキルの技術を】
磨けるということなのです。

フォローの仕方は
【人それぞれで
  オーダーメイド】だと
思ってみてください。

彼らは、物の見方や
とらえ方が独特なだけで

得意なことと苦手なことの
差が大きいだけで

【何か一つ手伝えば】
それ以外は
全部うまく行く、
ということもあるので

【一つ苦手でも
  全部苦手ではない】のです。

障害を持つ人たちについて
国レベルの対策がなされても
【個人の意識が低ければ】
何の解決にもなりません。

国はあくまでも
【基礎を作るだけ】
そこから先は
個人の、一人ひとりの
協力が不可欠です。

ですから、
私たちに何ができるのか
改めて考えてみる必要が
あるのではないでしょうか。
posted by whereabouts長谷 at 09:20| Comment(0) | 日記
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