2019年02月15日

残り物には福がある?

明らかに義理だろ!クッキーを
昨日息子が持って帰ってきました。
お隣の女子高では、
女子同士の交換し合いっこが
毎年恒例だそうで
「たぶん余るからあげるよ」と
あからさまな「義理」以下の
「残り物」ですよねwwwww

ところで、
昔から「残り物には福がある」と
言われていますが
本当に「福」があるかどうか
考えてみたいと思います。
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例えば、
ランチ会を自宅でやっていて
メンバーの誰かが差し入れてくれた
お菓子が目の前にあります。

あなたは何番目に取りますか?
または、
何が欲しいか言えますか?

私たちは、だいたいの場面で
話し合って分け合いますが、
その時、意見を言える人と
言えない人に分かれますよね。

そして
【残り物を手にする人は
    意見の言えない人】です。

意見の言えない人は
・意見を聞き入れてもらえない
・嫌われるのが怖い
・どれが好きか分からない
といった、ネガティブな考えを
持っていることが多いです。

それで、残り物を手にして
「それなりに美味しかったから」と
納得してしまいます。
もし、好きなお菓子を選んだ人が
思ったよりおいしくない…と言えば
残り物を手にした人は
なおさら「ラッキー」でしょう。

つまり、
【残り物が
  福になるかどうかは運】
もしくは
【考え方次第で福】なのです。

それならば、
最初から欲しいものを言えた方が
【後悔が少なくて済みます】

意見が言えない人の勘違いとして
【意見を言えば通るもの】
思い込んでいるところにあります。

たとえ意見が言えたとしても
それに対する反論や同意や
【さまざまな交渉が】
起こり得る状況で
最終的に自分の意見が却下された
【ネガティブな結果だけを覚えて】
言えなくなってしまったという
ケースは少なくありません。

この「思い込み」を外すことが
残り物に頼らなくて済み、
【自分の思いを
   素直に表現するために】
大切なことなのではないでしょうか。


次回は、
「意見を言って嫌われるケース」
について書こうと思います。
posted by whereabouts長谷 at 08:09| Comment(0) | 人間力アップ

2019年02月13日

「かわいそう」という感情

日本人は特にそうなのかな…
と思うのですが
「かわいそうね」という言葉を
使う人っていますよね。

サラッと言うのではなくて
心からじわっと言う感じの
「かわいそう」という意味です。

それは、
【共感の域を越えています】
こうした愛他意識などは
文化や成育環境の影響を受けています。

カウンセリングの場面では
同情ではなく共感するのですが
もしカウンセラーが
同情してしまったとしたら
【職域を超えた
   対応をしてしまい】
それでうまくいくことも
あるとは思いますが
ほとんどのケースで
【悪化もしくは共倒れ】
なってしまうでしょう。

そして、今は昔と違って
協調性を必要としながらも
【個人主義の時代】ですから
(特に都会では)
同情する人もされる人も
多くの人たちが
・自分の足で立ち
・自分で意思決定をし
・自分をアピールする
ことなどを求められます。

ですから、
たとえ家族関係であっても
「かわいそう」の領域で
助け合っていると
【社会に適応できなくなる】
可能性があるのです。

かといって
見棄てればいいのか、
ということではなくて
【自分のことは自分で】
というスタイルが大切です。

家族同士って
甘えが強くなりがちですよね。
お互い、頼ってしまおうと
するのは当たり前のことです。

けれども
【社会との関わりは
    避けられない】ので
みんなで話し合って
どこまで寄りかかるのか
線引きをしておくと良いです。
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また、他人であっても
その場の感情で判断せずに
【援助して良いかどうか】
しっかり考えてください。
時に「かわいそう」というのは
【相手に失礼な場合があります】

というのも、その人自身は
自分をかわいそうだなどと思わず
自分で頑張ろうとしているのに
「かわいそうな人ね」と
頼んでもいないのに
先回りして援助されたら
【成長を阻害されて】しまいます。

私たちは、
協調を保ちながらも
【一個人として生きる】覚悟が
現代には必要なのだと思います。

あくまでも
私個人の視点ですから
意見として受け止めて
いただけると幸いです。
posted by whereabouts長谷 at 07:32| Comment(0) | 人間力アップ

2019年01月27日

許される「甘え」と許されない「甘え」

小さい頃は、
親に甘えることで愛が満たされ
自分を認めることを覚えます。

ただ、
幼少時代に虐待を受けたり
親が病気であまり関われなかったり
色々な理由が関係して
【大人になっても
   甘えが抜けない】人も
世の中には多くいます。

そこで、
どのような甘えが許されて
どのような甘えが許されないのか
考えてみたいと思います。

そんなことを言ってる私も
超絶甘えん坊です。笑。
大人になると甘えない、
というわけではないので
誤解しないでくださいね(^^;
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「甘える」ということは
【甘えの対象が存在します】

だから、許されるのは
【相手の許容範囲内】
それを
相手が承諾できるかどうか、
という基準かと思います。

けれども、
相手が何でも
許容してしまうタイプなら
【底なしの甘え】になるので
その加減は大切なことです。

許されない甘えは、
【相手の許容範囲を超えたり
   素直に伝えず攻撃したり】
無理が生じてしまうようなことで

一番気をつけたいことで
相談される事例にもあるのですが
【自分でできることを
      押しつける】ことや
【自分の問題を
   誰かのせいにする】など

”自分の人生に
   責任を持たない”
ことかと思います。

私たちにはそれぞれが
それぞれの人生なので
誰かと変わってあげることは
できません。

甘えの強さに悩む人は
物理的な甘えをやめようと
考える傾向がある気がしますが
【精神的甘えが抜ければ
  物理的にも抜けていきます】

だから、まずは
【自分の課題を見直して】
誰かの手を借りながら
それを乗り越えることが
問題解決への糸口に
なるのではないでしょうか。
posted by whereabouts長谷 at 08:50| Comment(0) | 人間力アップ